インナーチャイルドと愛について
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  [No.64] 自分が行ったことは巡り巡ってすべて自分に戻ってくるのだから、下手にこだわったり、嫌ったり、焦ったり、傷ついたりせずに、余裕をもって、ある意味、自分を客観視しながら、この後、自分に接する人々に理解と思いやりを持って生きていける気になりました。 投稿者:   投稿日:2009/01/31(Sat) 19:24:32

【愛じゃ!人生をかけて人を愛するのじゃ!】
素直な気持ちとして、真の「愛」という概念について、頭では、ものすごくよくわかるし、納得できるものの、自分についていえば、まだまだ執着心と我欲が強くあり、これを断ち切り、高次の愛にたどりつくには、果てしなく霊性を高める訓練が必要だと気が遠くなる思いでした。一方で、そこに到達すれば真の幸福感が得られるのだろう、という気持ちも強く感じました。
現実に立ち返り、(我欲を手放せないなりにも)まずは自分を愛し、人を愛するという実践をしていこうと思いました。
人を愛するということにおいて、さしあたっての私の問題は、父親らしいことを全くしてこなかった父を受け入れるということでしょうが、ある過去生を占う方から、この父親は過去においては私の子供だった、と言われ、あまり間をおかず、今回この「愛じゃ」を読ませて頂いたおかげで、何か少し吹っ切れた気がしました。父は、私を「自分が守るべき娘」ではなくて、「自分に愛情を注ぎ守ってくれるべき母親」の存在を求めていた、という点が腑に落ちたわけで、そのため、現実的に全く頼りにならなかったのですが、これは、父の育った環境から来るインナーチャイルドであることもわかりました。これを踏まえた上で、今度は自分のインナーチャイルドを見つめていきたいと思います。
結局のところ、「愛じゃ!」の中で言われているように、すべて自分のカルマが引き起こしている、と理解することで、なるようにしかならないし、自分が行ったことは巡り巡ってすべて自分に戻ってくるのだから、下手にこだわったり、嫌ったり、焦ったり、傷ついたりせずに、余裕をもって、ある意味、自分を客観視しながら、この後、自分に接する人々に理解と思いやりを持って生きていける気になりました。


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